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東京高等裁判所 昭和39年(う)182号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、検察官高橋正人の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、ここにこれを引用する。

所論は、原判決が被告人を児童福祉法第六〇条第三項にいう「児童を使用する者」に該らないと判断したのは、同条項の解釈、適用を誤つたものである、というのである。

よつて按ずるに、児童福祉法第六〇条第三項が、児童を使用する者は児童の年令を知らなかつたことを理由として、同条第一、二項の規定による処罰を免れることができない旨定めているのは、児童を使用する者には、特に児童の年令を知るべき義務を課し、この義務に違背して児童に同法第三四条所定の禁止行為をさせた場合には児童の年令不知を免責事由として認めない趣旨と解しなければならない。そして、法が使用者にこのような義務と責任を課したのは、その者が児童と密接な社会的関係にあつて当該児童の健全なる育成を担うに相応しい地位を有するからにほかならない。従つて前記条項にいわゆる「児童を使用する者」とは、これを必らずしも児童と継続的雇傭関係にある者のみに限定すべきではないけれども、少なくとも、児童に前記法禁行為をさせぬよう特にその年令の確認を義務づけることが社会通念上相当と認められる程度の密接な結びつきを当該児童との間に有する者に限定すべきであつて、所論のように、これを広く「児童の行為を利用し得る地位にある者」一般、殊に児童との社会的関係が比較的薄い者にまで拡張することは相当でない。これを本件についてみるに、記録によれば、被告人は、猥褻写真を撮影し、これを他に販売して利益を得ようと企て、偶々川崎市内の盛り場で知り合つた、面識の浅い児童甲野はな子(昭和二三年七月一一日生)に対して右撮影のモデルになることを勧誘し、その報酬として一五、〇〇〇円を与えることによつて同女を承諾させ、よつて同女をして通称シー坊なる男性と共に被告人の指示するままに約二時間に亘つて各種の性交姿態を実演せしめたものであつて、右淫行に関する限りにおいては、被告人が同女を自己の支配下におき、同女の行為を利用したものであることを否定し得ないけれども、被告人と同女との間柄は以上の関係に尽き、他には何等の社会的関係もなかつたものであるから、かかる稀薄な関係に立つ被告人に同女の年令を確認すべき義務を科することは、曩に判示した基準に照らして到底相当とは認め難く、従つて被告人は未だ児童福祉法第六〇条第三項にいわゆる「児童を使用する者」には該らないといわなければならない。所論引用にかかる各判例はいずれも本件とは事案を異にするものであつて、必らずしも本件に適切ではない。されば原判決には何等所論のいうような法令適用の誤りはなく、論旨は到底排斥を免れない。

よつて本件控訴は、爾余の判断を加えるまでもなく、その理由がないことが明らかであるから、刑事訴訟法第三九六条によりこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。(裁判長判事兼平慶之助 判事関谷六郎 判事補小林宣雄)

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